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パトリック・アウダ選手

更新日:2023年5月30日

日本の男子プロバスケットボールリーグのB.LEAGUEのB1(1部リーグ)の中地区に属する

横浜ビー・コルセアーズ。彼らはチームの創設以来、今年初めてCS(チャンピオンシップ)に出場し、セミファイナルで優勝した琉球ゴールデンキングスに惜敗しました。

そのビー・コルセアーズの躍進を支えたプレイヤーの中にチェコ人のPatrik Auda

(パトリック・アウダ)選手がおり、日本チェコ協会ではビー・コルセアーズに取材を

申し込み、アウダ選手にチェコ語でインタビューを行い、皆さまには日本語に訳して

お届けいたします。

聞き手「日本に来る前の日本の印象を教えて下さい」


アウダ選手「東京は大都市でネオンの街以外は他にあまり日本のことは知りませんでした。日本のバスケ事情も全く知りませんでした。映画「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」を観た程度の知識でした。アジア自体も2019年に中国での世界選手権で行ったときに知ったほどでした」



聞き手「それでは日本の来た後の日本の印象はどうでしたか?」


アウダ選手「2020年9月に世界がコロナ真っただ中に来日し、14日間自宅待機を経験しました。その後に見て接する日本はとても新鮮でした。人々の服装も私の知っている世界とは違いました。それから3年ほど横浜で生活をしましたが、凄く気に入りました。良い印象です。2021年の東京2020では代表に選ばれ、選手村で過ごしていたのでそのシーズンは自宅待機が無く、非常に助かりました。母もようやく昨年の11月に来日できて、アリーナにも来てくれました」


聞き手「好きな日本の食べ物を教えて下さい」


アウダ選手「日本に来る前からアジア料理が好きで寿司も好きでしたが、来日してからお好み焼きが好きになりました。ラーメンは来日前に2,3度食べたことがあるのですがその時は好きにはなりませんでしたが、日本で本場のラーメンに出会い、好物になりました。それとカツカレーが大好きです」


聞き手「逆に嫌いな、苦手な日本の食べ物はございますか?」


アウダ選手「シラスとナンコツです」


聞き手「遠征でいろいろな街に行かれたと思いますが横浜以外で良かった街を教えて下さい」


アウダ選手「遠征に行っても空港からホテル。ホテルからアリーナ。アリーナから空港で全く観光できなかったので横浜や東京以外の日本の都市をほとんど知りません。CSが終わり、先日初めて京都に行ってきました。京都は歴史があり、料理も含め、大変気に入りました」



聞き手「最初に覚えた日本語はなんでした?」


アウダ選手「大丈夫、です。因みに好きな言葉は例えば、です」


聞き手「日本に来て驚いたことを教えてください」


アウダ選手「勿論、シャワートイレですが、意外だったのが、英語がこれほど通じないとは思いませんでした。私は日本以外の国々でもプレイしましたが選手間では英語でコミュニケーションが取れていたので通訳は不要でした。まあ、実際に私生活で困ることはあまりなかったですが。それと日本と言えば最先端のテクノロジーの国家だと思っていたら意外と現金でないとダメなところが多く、カードが使えてもタッチ決済はNGだったりしました。逆に良い面だったのは世界選手権で中国に行ったときは町を歩いていたらじろじろ見られていましたが、日本では全く奇妙な目で見られませんでした」


聞き手「シーズン中のオフの過ごし方を教えて下さい」


アウダ選手「1年目と2年目の始めは東京まで行き、観光したりお店に行ったりしていました。それ以降は天気の良い日に近所を散歩したり、買い物したりしています。桜木町が私の好きなエリアです。出かける時は電車や地下鉄を使うのでSUICAも持っています」





聞き手「シーズンもCSも終わり、チェコにご帰国されますが、チェコでのご予定は?」


アウダ選手「家族や友人と会ってのんびり過ごします。久々にチェコ料理を食べられるのが楽しみです」


聞き手「それでは最後に今年の最高の試合を教えて下さい」


アウダ選手「それはクオーターファイナルの第二戦目です」


アウダ選手及び横浜ビー・コルセアーズのスタッフの皆様、有難うございました!


聞き手・日本語訳・文章=合田哲郎(日本チェコ協会理事。日本チェコ協会プラハ分室長

写真=岩佐眞美(日本チェコ協会理事。チェコガラスボタンのRe.m代表。)



Patrik Auda(パトリック・アウダ)

ポジション=PF(パワーフォワード)/ 204センチ 108キロ

1989年チェコ共和国イヴァンチッツェ(Ivancice)生まれのブルノ市出身。

両親がバスケットボール選手(当時はチェコスロバキアであったため、アマチュア選手)

だった影響で10歳からバスケを始める。父親も身長2メートル、母親も180センチ。

独身。米国ニュージャージー州の大学生だったころは日米のハーフの彼女がおり、

お嫁さん候補は日本人でもOK。


編集後記

アウダ選手の取材をすることになったのは4月のある日、岩佐理事が横浜市内での会合でたまたま横浜ビー・コルセアーズのスタッフさんと話す機会があり、チームにチェコ人選手がいることを知り、それをHP担当の私に教えてくれました。WBCでチェコブームの今、日本で活躍チェコ人を取り上げるのは日本チェコ協会の使命でもあり、その日に横浜ビー・コルセアーズの広報担当にメール。CS出場の大事な時期ということで取材は未定となり、

出来ても選手が帰国する5月末まで。正直こちらでは諦めていたところ再度広報担当の方

からご連絡頂き、そこからはとんとん拍子で取材日が確定。アウダ選手がご帰国される

前日、チームのファン対象のイベントの前に行いました。


アウダ選手は2メートルを超す大男。タトゥーをしているので会うまでは怖そうなイメージでしたが、実際に会ってみて日本チェコ協会理事の二名はアウダ選手の虜になりました。彼の会話から頭の回転の良さと、フレンドリーな性格も分ります。彼もチェコ語を話せることにも嬉しい感じでした。取材後には気さくに一緒に写真撮影にも応じて頂き、深謝です。


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